白桜だより

届けたいこと、遺したいこと

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大琳派展 

大琳派展
*クリックで少し大きくなります。


昨日、大琳派展に寄って参りました。

*公式サイト
http://www.rinpa2008.jp/


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法と正義 

さまよう刃 (角川文庫 ひ 16-6)さまよう刃 (角川文庫 ひ 16-6)
(2008/05/24)
東野 圭吾

商品詳細を見る


朝の通学電車内。
降車する終点駅の手前で、脳裏が最期の朱に染められる。


やりきれない。

理解…はしても…納得…できず。…釈然としない。
つぶれる心臓を持て余しながら、虚しい気持ちで改札への階段を上った。

***

5年前に『週刊朝日』で連載され、4年前に単行本(朝日新聞社)刊行。
そして今年5月の文庫化(角川文庫)に至る。

犯罪被害者の絶望と復讐心を軸に、
一般の人々の思考と行動についても考究された、
読者に波紋を投ずるテーマ。

(※ちなみに、筆者によると
本書と反対の視点である犯罪者側の家族の苦悩を書いたのは『手紙』。
ひとつの問題に対し、
(「原子力発電の是非」と「少年犯罪」(本書)という内容の違いはあれ)
様々な立場にある一般の人々の動向に焦点を当てるという、
本書と共通する試みをした作品が『天空の蜂』であるとのこと。)

***

法治国家日本。
法は何を守る。

社会に出てすらいない私に法を語る資格はない。
国家を語る権利もない。

だが語れずとも、考えることを放棄してはいけない。
考えることから逃げてはいけない。
これはフィクションである。架空の事件である。
しかし、フィクションではない。現状の、リアルな今。に他ならない。

遠い。出来事では…決してない。
認識できようが、できまいが…。

***

筆者は、答えを与えない。
あくまで読者が「考える」点に重きを置くのが、狙いであるように。

読了直後、結末の空しさにしばらく漂うような心持であったが、
少し時間を置いて落ち着いて顧みれば、あるべき結末であったように思われる。
すべて納得のいくラストなら、
読み物としての面白さは満足感を持って得られるはずだが、
本書はそれとは別の位置に意義があろう。

満足感に終着するなら、問題提議に意味がない。


私は、考えねばならない。
分からなくとも。
見つからなくとも。


そして、ひとつの答えらしきものに辿り着いたとしても、
そこに安住することなく、
考え続けねばなるまい…。





…それでも。自分の大切な人が
取り返しの付かない仕打ちをうけることがあるならば…
私は、本心に抗えないだろうと、否定できずに感じつつ…。

エスケープ 

オバアチャンノ タマシイ ダッシュツ ダイセイコウ
*映画公式HP: http://nishimajo.com/top.html


昨日の夕方。
観てきました。


*述懐後記*
話が流れ流れて、どうにもまとまりがなくなってしまいました。
この記事は…ひとまず何かを整理したくて、連ねたものに過ぎません。
お読みくださる際には、映画の感想というよりは…
どこまでも個人的な吐露に過ぎぬことを前提に、読んでいただければ幸いです。
(それを感想と呼ぶのなら、感想のうちに入るのかもしれませんが。。…いまいちよくわかりません。)


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死者の人権 

死体は語る (文春文庫)死体は語る (文春文庫)
(2001/10)
上野 正彦

商品詳細を見る


先月購入してから、外に出る日の通学の合間に読んでいました。
1989年に単行本として刊行された、法医学の入門書的ベストセラーのようです。

一般的に、「医学」あるいは「医師」と聞いて抱くようなイメージは、
「生」に対するものがほとんどなのではないでしょうか。
生きるものへの医学。救うための医学。
そこに「死」の関与は免れないとしても、イメージ全体としてのベクトルは
「生」へ向けられていることが多いように感じます。
少なくとも私の中では、そういった一方向的なイメージが
少なからず(しかも無意識のうちに)できあがっていたように思われます。

けれど、それが全てでは、ない。
「死」に対する、いわば死者への医学も、また医学。
生と死が一体であると同時に、医学にも同一な両面がある。
どちらが欠けることもなく。
生の医学は死の医学でもあり、死の医学は生の医学でもある…。

今はまだ医学とは離れた場所にいるけれども、
(ただ、今の自分が、生きる者として、いつか死ぬる者として、
「学」の範囲を越えて、(あるいは生きることすなわち、
学ぶことなのかもしれませんが、)
それらの命題につねに関わっていることは確かでしょう。)
後に自分で医学を学ぶに当たった時こそ、両面どちらの方向からも学ぶ姿勢を
忘れないようにしたいと切に思うのです。
両者が切り離せないものであるからこそ…。
どちらからも学ぶ姿勢が必要であるように感じるのです。
(たとえ生のうちに死を学ぶことはできなくとも、学ぶ"姿勢"は持てるはずです。)

***

それともうひとつ。改めて思い直したのが…
死者は生者であったという紛れもない事実。
本書に一貫して書かれ、根底に流れている主流のひとつは、
その事実であるように感じます。
本の中で著者は何度も、「死者の人権」への言及を繰り返します。
そして「死者の人権」を守るためにこそ、監察医としての勤めを遂行する
のであるとも。

いつ頃からでしょうか…、人は死んだら者ではなく物になるのだと、
そう、思うことを疑わなくなっていました。
だから死体は、物。もはや、者ではない。
それは…「間違い」では、ないはずです。
死後にどうなるかといったことは、私には全くわかりませんし、
魂があるかないかも…明確なことは、私には何一つ分かりません。
と書くと、まるで現実主義者であるかのように聞こえるかもしれませんが、
現実主義であると、はっきり割り切ることもできないのです。なぜなら、
信じる、信じない。それ以前に、ただ、分からない…。からです。

けれど、確かなこと。死者は、生者であった。
いつのまにか、そのことを忘れてしまっていたような気がします。

人も死んだら物になる。
でも。人は死んでも、人であること。

著者のたゆまぬ誠実な姿勢と、
もはや生者、死者を越えて、どこまでも「人」に向けられたあたたかいまなざし。
その土台から紡がれるユーモアさえも含んだ文章は、決して重たくはなく、
されど軽くもならず、ゆるやかに読者に語りかけてくれるようです。

また、読みものとしての面白さも落とせないのが、
本書がベストセラーなる所以でしょう。
虚構のミステリを越えた現実のミステリとも言えるような、
意表をつかれる実話が満載です。
しかし、それら現実にあった出来事をお話として書き出しても、
ユーモアの底にはつねに、著者の揺るがぬ医志を感じるのです。

***

最後に、本書の中(p.121)に出てくる、
「心正しからざれば、剣また正しからず」
という、著者が好きであるという言葉。
これこそ、医師に限らず、自分自身を含めて誰しもが忘れてはならない
教訓であるように思われます。
現実に(まさに今この瞬間にも)生じている様々な事件…
この教訓を忘れずに刻んでおけたなら、
起こるはずのないことは沢山あるのではないでしょうか…。



「心正しからざれば、剣また正しからず」
自戒として忘れぬように・・・。

*追記*
この言葉は、「島田虎之助」という幕末の剣客が残した言葉であり、
世間に広まったのは、『大菩薩峠』(著:中里介山)という小説によるそうです。





そして、今は目前のすべきことを。

空色。 

5日振りに、こんにちは。
さくらねこです*
(って、わかるか≦・ω・;≧
逆にさくらねこじゃなかったら、まずいですよね。
不法侵入、不法更新。(笑))

ブログ開いてない日にち、もっと長いような感じもしてたんですが、
案外開いてみるとそうでもないですね。
私はブログの記事を更新しない時は
ブログを開くことも同時にしないことが殆どなのですが…。
5日だったか。

今日はPCを開く予定があったので、ついでにブログも開いて、
更新するか~てな気分になったので…今、してるとこです。


更新してないのに足を運んでくださったみなさま、
心から、ありがとうございますm(_ _)m
自己満足に過ぎないブログだけど、
読んでくださる方がいらっしゃるのは…とてもありがたいです。
最近あんまり更新しなくてごめんなさい。


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『ゴールデンスランバー』 

DSC04579.jpg


「習慣と信頼」

「思い切り」

「笑えること」


「たいへんよくできました」


群集相 

DSC04301.jpg


「生きてるみたいに生きる」


*グラスホッパー公式サイト

グラスホッパーpop2

『愛唄』 

クローバーモモさんのブログは、こちらから。
バツイチ女のひとり言


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モモさん(ペンネーム: 咲 泰子さん)の 『愛唄』。
拝読いたしました。


ほんわかとやさしい、手ざわりのなめらかな、かわいらしいカバーに包まれた
そのあたたかい言葉たちのつむぐ文章は…

さくらねこの心に
ひとこと、ひとこと、
ゆっくりとしずんでいって…

そのひとつ、ひとつが、
じんわりと、ぬくもりのあるものを、
おだやかに、手渡ししてくださるのです。



モモさんというお方を、
ブログや、本、という “窓” からしか存知上げることのない私ですが、
それでも、その “窓” から拝見したに過ぎなくとも、その分だけの、
モモさんの、つらかったこと、くるしかったこと…
たくさん。
感じられて…。
その “窓” から拝見したのみですら、このようなのだから…
実際には、どれほどの思いをなさってきたことなのだろうかと…思うと、
言葉にならないものがあって…。


…それなのに。
モモさんの言葉たちは…つらいことも、くるしいことも
とてもかなしくてたえられないような出来事でさえも…
あたたかなまなざしでもって、
やさしく、伝えてくださるのです…。


ふと気がつくと、
いつのまにか…おだやかな、こころもちになっていて…。
やんわりと、包みこんでくださるのです…。


ぁぁ…
モモさんの、「愛」、なのだろうなぁ…と。
さくらねこは、ただ…
そのやさしくておだやかな「愛」に、あたたかくなるばかりでした。





モモさん。

…ありがとうございます!

私は、モモさんの「愛」を…わけていただくことができて、とてもしあわせです…*
『愛唄』は、もうすっかり、私の一番身近な本棚の住人になっております^^(笑)
これからも、何度も読み返して、大切にいたします。


また、ブログの再開も…、たのしみにしておりますね。
けれど、どうか焦ったりなさいませんように…^^
モモさんのペースで、「愛」をお伝えくださいませ。
それが私も含めて、読者の願いであることと思われます^^*



あたたかな「愛」をお伝えくださったモモさんに、心より感謝いたしますm(_ _)m




                                        さくらねこ



「敬意ある好奇心」 

DSC03327.jpg

ひみつ本。≦・ω・≧

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名将完璧ファイル 

DSC03311.jpg

こんなん買いました(´∀`*)(笑)
イラストいっぱいでおもろぃ♪

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