白桜だより

届けたいこと、遺したいこと

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桜の風と新たな茶塩 

教習所にてキャンセル待ちをしていたところ、ありがたいことに
1コマ分のキャンセルが出たので、がっつり運転してきました*
これでまた実技も一つ減ったか…。

一方、学科は、ひとまず実技とセットの1コマ & 最後のテスト 以外は終えました☆ ワーイ
(これらの受講は、きたるべき時が来るまでは、残念ながらおあずけなので;)
よかよか。
これで気兼ねなく、本業(受験勉強)に集中できます。(ほ…)
本業が疎かになっては…本末転倒@、元も子もないですものね;
(そもそも、教習所に行くのも、通学手段を得るために。が第一の理由ですし。。)
欲を言えばテストも終わらせたかったのですが…、しゃぁない。
そうそう思うようには行かぬと。。113歩譲って、よしとしておきましょう。

明日も運転します。
引き続き、キャンセル待ちしてみます。
ふと、切り株うさぎの話やら、柳の下のどぜうやらが脳裏をかすめましたが、
要は、待ち惚けをしなけりゃよいわけで。
勉強してさえおれば、教習所にいても家にいても、さほど変わりないですからね。

それに…プラスに考えりゃ、教習所の窓からは桜吹雪を堪能できるので、
それもおたのしみだと思って。(笑)
きっと私は本来、楽天的なやつなんでしょう。
(教習所内の路上で、桜の花びらがまとまって渦巻いていたりすると、
道路のペイントのように見えてちょっとあぶないんじゃないかなとか
心配するんですが、さすがにその危険はないですよね;
どちらかといえば、桜吹雪で視界が遮られるほうがあり得るか。)

+++

ところで。桜といえば、私の生活圏内の桜は…
早いもので、新緑への衣替え率が、急速に高まりつつあります。
つい三日前はまるまる桜色だったのに。
変化の早さに驚かされています。

そんな中。
はんなりピンクの花びら 抹茶色の新芽3 
くらいで混在した桜を見ていると…
私はどうも、抹茶色の部分が、「しょっぱい」感じがして
見れば見るほど頭の中が、なんとなくしょっぱくなってきます。salty

桜色の部分は、桜アイスとか桜餅とか、んー…
他にもいろいろあるはずですが、
全体的に、ほんのり甘いイメージなんですね。
おちついた和菓子の甘さ。落雁の甘さ。のような。

しかし抹茶色の部分は、その色の通り、抹茶というか…茶塩?
桜の塩漬け的な…うーん、なんか、しょっぱいんですょ!!
私の中では。

…よくわかんないですね。笑
ん。もしや。これもある種の「共感覚」ってやつなんでしょうか。笑
高校の時に読んだ、「synesthesia」がトピックの英語の長文を、今思い出しました。
(あの文は楽しかったです。久々に読み直してみようかな。)
いやはや、感覚って不思議ですねぇ。おもしろい。
(当時、友人同士で「教科」に対して感じる色についておしゃべりしたりもして…
その人その人、色んな感じ方があって興味深かったです。
ex. 数学=青 英語=橙、など。)

とにかく。桜の新芽のところはたぶん、茶塩味だと思います。(もうええがな)
でも、そう思うのはきっと私だけじゃないはずッ…!
と心の中で思っておるのですが、いかがでしょうね。(・v・)

+++

最後に、今日、桜吹雪を眺めていて感じたことを少し。

あれだけ見事に桜を満開に開花させたのに、
全て残らず、潔く、散らせてしまうものなんだな…と。

長い冬を忍び、蕾を育み、一面桜色に仕上げることは、易々とはゆかぬだろうに…

花弁のひとひらたりとも残すことなく、
すべて、一新。100%、新しく。

私であれば、一枚だけ…と名残を惜しんで、
机の奥にでもしまっておきたい気持ちが湧いてしまうような気がします。
(なんてやっているからモノが増えて部屋の容量がいっぱいにな(以下略))

なのに桜は。
一抹のためらいも見せず。
きたるべき風がくれば、風に任せて、花弁を散らす。
あれほどの時間を掛けて築き上げた満開の花々を、
急いで振り落とすかにも思われる速さでもって、みるみるうちに脱ぎ捨ててゆく。

その勢いには、儚さよりも、潔さすら覚えます。

成長してゆくには…いつまでも同じままでいては、いけないのですよね。。
たとえどんなに、最高の状態と思われる状態であっても。
それ以上に進歩してゆこうという意志が確かであるのなら。
新しさを取り入れていかなければ…前進はあり得ないのかもしれません。

とどまっちゃいけないんだな、と。

桜にはよく、「はかない」という言葉が宛がわれますが、
その「はかなさ」とは、
ただただ散りゆく、「終末へ向かふるはかなさ」には非ずして、
古きから新しきへの移ろいの中に在る、「移ろうがためのはかなさ」
にこそあるのではないかな…と、ふと、思うのでした。

(と言っても、これはあくまでさくらねこ視点の、さくらねこ解釈に過ぎないことは自明で、
植物のサクラ自身がそうであるかどうかは、まったく分かりませんけれども。。
それでも人間、したいように解釈する…。
うーん、自分でしておきながら、そうしてしまう仕組みが不思議でたまりません。)


いやしくも、「さくらねこ」の名において、一部を桜から借りたる我がこの身。
桜のその移ろう潔さに倣って、私も精進せねばと
花びらの風に見惚れつつも、改めて気持ち引き締まる
春うららかながら、夏の如くに暑さ覚える午後でした。
(暑いな~と思ったら今日、夏日だったみたいですね。そりゃ道理で。。)

桜ももうすぐ新緑。
このちょうど変わり目の時の、濃い目の色の桜は、
なんだか脱皮してるみたいに見えます。(笑) 動物のよう。

私も、気持ちを脱皮させねばです。


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