白桜だより

届けたいこと、遺したいこと

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エスケープ 

オバアチャンノ タマシイ ダッシュツ ダイセイコウ
*映画公式HP: http://nishimajo.com/top.html


昨日の夕方。
観てきました。


*述懐後記*
話が流れ流れて、どうにもまとまりがなくなってしまいました。
この記事は…ひとまず何かを整理したくて、連ねたものに過ぎません。
お読みくださる際には、映画の感想というよりは…
どこまでも個人的な吐露に過ぎぬことを前提に、読んでいただければ幸いです。
(それを感想と呼ぶのなら、感想のうちに入るのかもしれませんが。。…いまいちよくわかりません。)



どうしても観たくて。
ぜったいに、観ようと思っていました。

8月の講習の帰りに映画館に寄ってくる予定を立てていたのですが、
上映期間を確認したらどうやら、近くの(といっても、あまり近くないですが)
いくつかの映画館では、どこも7月25日が最終上映日…。

…ええΣ
終わっちゃうじゃん…。


DVDが出てから観ようか…。

少し…ためらいましたが…。
結局。私はどうしても映画館で、それも今すぐに。観たかったようです。
それで昨日。
急遽予定を変更して、観てきました。


***


中学2年の時に…ある一人の友人が貸してくれたのが、
この作品の原作本との出会いでした。
それからも彼女とは高校の卒業までずっと、同じ学校で、
校内の距離的にごく、近しい場所(毎日顔を合わせる位置)におりました。

私は、彼女がとても好きでした。
彼女も、とても仲良くしてくれました。
彼女は、数学が大好きでとても頭がよく、そしてクールでたいへんな読書家でした。
私も本はいろいろ読んでいたけれど、数学はめっきり死んでいました。
だからその点で彼女と私が全く別人なのはもはや、疑いようもないし、
傍からみたら一見、彼女と私は全く反対のタイプに見えるかもしれません。
けれど、きっとどこかで…同じ何かを…共有していたんじゃないかと…
勝手に直感が、うったえるのです。
でも彼女も…もし、それをたずねてみたら
肯定してくれるんじゃないかな。(…おこられるかな?笑)
今でも、たくさん…感謝しています。
○○ちゃんと話すのはほんとうに、愉しかったな…。
元気にしてるかな…。
(万が一…Webの中でここの頁に流れ着いたら…笑ってしまう。)

高3になる時。自分が勝手に、大分周りの関係を絶ってしまったのも加担して、
今は、ほとんどの友人と連絡を取っていません。
(と書くと、いくらか大げさなことに見えるかもしれませんが、(笑)
実際は、特に卒業した今では、たとえ大きかろうとも。
そんなに大したことではないように思います。)
けれど連絡はとらずとも、きっと、再開したら昨日まで顔を合わせていたように、
笑える関係も残っていることを、どこかで確信もします。
中には…もうずっと、笑い合えないかもしれない関係だってあるかも
しれないけれど…。

いつか彼女に会ったら、あの映画…観た?
聞いてみたい。きっと
彼女特有のそっけなさで(笑)、観たよ。って言うんじゃないかな。
彼女がこの作品を教えてくれなかったら、、
私は映画はおろか。本も読まなかったと思います。
そのように、人が教えてくれた作品が…私の中にはいくつもあります。
直接的のみならず、間接的な影響も考慮に含めたら、
もしかすると…今まで自分が触れてきた作品の半分くらい、
否、それ以上の数が、そうなのかもしれません。
ふと思ったとき…感謝せずには、いられません…。


***


90%以上の確率で雨が降ると、個人的な気象庁が大げさに
予報を発表していたものだから。
まぁ、雨が降ったら抗えない。それに抗う理由もない。
その時、はばかる要素がなければそれで。
それなら雨にそなえて、できるだけの準備は万全にしておこう。

そう思って。席も後ろのほうにしておきました。
(※全席指定のシステムなので、チケットは席を指定して買うのです。)

しかしまぁ、フレーバーポテト(フライドポテト。コンソメ味)+ロイヤルミルクティー
の乗っかったオレンジ色のトレイを両手で運びつつ、
中くらいの広さのシアターに入ってみると、思ったよりもぱらぱらと人が居て、
私の座席の列でも左3座席ほど間を空けて向こうに、50歳くらいかな…?
と思しき夫婦の方が、私が席に着いてから、いくらかして、お座りになりました。
正直、上映終了日も間近(というか、その前日)なこともあって、
私以外に観に来ている人はあまりいないだろうと密かに油断していたので、
ちょっとばかり、驚きました。
でも同時に、この映画を観ている人がいるということが、
なぜか、うれしくもありました。

お昼代わり。



***



どうしたものか。
まだ。始まって10秒もたっていないんじゃないか。

もうわけもなく。
なにもわからず。
阻止する力もわかず。

首の付け根辺りがどんどん冷たくなってゆくのを
ただただそのままに、何をしようとするでもなく。
梅雨は明けたというのに。
ぼろぼろやまない雨にとまどうばかりでした。

いつからこんなに降水確率が高くなってしまったんだろう。
無論、いつもがいつも、そうなわけではないけれど。
なんだか、明確な乾季と雨季がいつの間にか生じてしまったような
気もしたものです。
そう今日は、たまたま雨季なんだ。
雨季は突発的にやってきて。
来たかと思うとなかなか去らない。
雨季というと長いような感じがするけれどそれはとても短くて、
むしろ、夕立や通り雨と言ったほうが近しいのかもしれないけれど。
とにかく、雨がやまない。
やむ気配が、ない。

わけもわからないところで、タガが外れたようにとめどなく。
どうしてこんなところで?と、まったくもって、わからない。
なぜでしょう。
でも、どこかで何かが浄化されていくような…。



***



作品を見ている途中で…どこからあらわれてきたものか。

ひとつは、中学3年の修学旅行で泊めてもらった牧場のことを思い出していました。
もっと正確には、泊めてもらった家の、歳をかさねたやさしい夫婦のことを。
dad、mamと呼びなさい。
始めにそう言われ、修学旅行グループの私たち4人は、
彼らに心から…親切にしていただきました。
ほんとうに始めの初めから作って焼いてくれた、恐竜形のチョコケーキ。
毎晩、“Tea or coffee?”と聞かれては、teaと答えて、
静かなテーブルの上で少しずつすすった、いれたての熱いミルクティー…。

人間はこんなにやさしいものなのかと…いたく、いたく…沁みたものでした。




もうひとつは、もうだいぶ前に死んだ母方の曾祖母のことが、うかびあがりました。
その、ひいおばあちゃんが死んだのは、私がたしか…
小学3年…いや…2年だったかな・・・。
曾祖母の享年が94歳であることは記憶しているのですが、
そのときの自分の年齢が…どうも曖昧です。
(ただ、上記くらいの歳であったのは違いありません。)

思えばそれが、私にとっての最初の、いちばん身近な、
人の死であったかもしれません。

死というものが、よくわからなくて。(それは今もですが…。)
でも、ただもう。おばあちゃんと話すことはできないんだ。
ここ(曾祖母は曾祖父が死んでからずっと、静岡で一人で暮らしていました。
曾祖母が亡くなってからしばらくして、曾祖母の家は、とり壊されました。)にも、
来ることはできなくなるんだ…。
おばあちゃんとは…もう、会えないんだ…。

悲しさというようなものは感じていなかったと思います。
悲しみに暮れるのかと思えば、それとはまた違い、
(曾祖母が長寿をまっとうしたから、ということもありましょうが。)
ただ、なんだか目の前にどこまでも無音の白が広がっていくような感覚でした。

でも確かに。大事な何かが、ぽっかり。
私の一部から抜け落ちてしまったようでもありました。

悲しいわけではないはずなのに、
火葬場で曾祖母が煙に変わってゆくのを、ただ待つだけの間。
何を思ったか。いや。何を思うわけでもなかったのです。
ただ、自覚もなしになぜか。ぼろぼろ溢れるものがありました。
なにをして私をそうさしむ。なにもわからないままに。ただ、むせびました。

曾祖母はもう、ここにはいないんだ。
それだけが、実感というものとは別に、事実として、置かれているようでした。


曾祖母のことが、大好きでした。
毎日顔を合わせているわけでもないし、そんなに頻繁に会うわけでもない。
それでも、そんなものは、関係がないのです。
ただ、曾祖母がとても、すきでした。

幼い私は知らず知らずのうちに、曾祖母の影響を
身心いっぱいに受けていたのかもしれません。

中学の頃に「相田みつを」の書物を読みあさり、
彼の美術館に頻繁に足を運んでいたことも、
本を正せば、すべては曾祖母の家のトイレに掛けてあった
「日めくり」を目にしていたからでした。

きらきら星の歌を聞くと、ほっとするようでありながらどこかさびしくなるのは、
その歌詞を教えてくれたのが曾祖母だったからかもしれません。


この、きわめて個人的な曾祖母についての一連の想いは、
映画のラスト。
まい(主人公)のおばあちゃんが倒れ。
おばあちゃんの元に駆けつけたまいと、まいのママ。
まいのママがおばちゃんの顔の上に掛けられた白い布を
「家(うち)ではこんなものかけないのよ」
と言って、さっと布を引き払い、
おばあちゃんの死相が露われた時に、
(実際には、サチ・パーカーさんが死体を演じているのであって
誰も死んでいるわけではありませんが、)

まったく思いもかけずに瞬時に、脳裏をめぐったことでした。


***


自分が死ぬこと。
人が死ぬこと。

死。というもの。

わからなすぎて。
なにひとつ。わかりません。
そもそも…。
分かろうとする必要なんて、ないのかもしれないけれど…。
それに、分かろうとしたところで、分かることもないのだろうけれど…。


ただ、感じること。
自分の死は…怖いか。と、訊かれたら…
正直、よくわかりません。
怖くない、と言ったら、自己保存本能に矛盾が生じそうでもあり、
そうも言い切れません。
でもどちらかといったら、あまり…恐怖を感じません。
自己の死というものに対しては…。
でもたぶん。それは、そうではないのかもしれません。
あまりにも自らの死を漠然としか捉えられないがために、
分からない、ことを、怖くない。と、勘違いしているだけかもしれません。
だから私には、ますます何も、わかりません…。

けれど。ことそれに対して。
他者の死。を思うとしたら…。
正直、こわくてたまりません…。
失うことがおそろしくてたまらないことを、…無意識のうちに忘れていたかもしれません。
でも…失うことが、こわい。
…おそろしいのです。



それに関連して、まるで頃合を見計らったかのように、
夜に見る夢はなぜかここ数日は毎晩、
必ず何かが、目の前で、死んでゆくのです。
そしてそれがなぜか、たいへんにリアリティを伴っているのです。


始めの晩は、(夢の中のその前後は省くとして、)
木造建築の大きな建物がふたつあって。
ひとつは道場のような黒い色をした平たい家屋のようなもの。
もうひとつはすぐその隣に、灯台のような赤茶けた古い塔のようなもの。

それは暮れ時から宵にかけての暗くなり始めた夏の時刻であったようですが、
私は、その二つの塔を比べるとやや黒くて横に長い建物に居て、
そのすすけた木枠にはまったほこりだらけの窓ガラスから、
蒸し暑い空気を肌に感じつつ、隣の赤茶けた塔のほうを見やっておりました。
つい先刻、今、目にしている地続きの塔の一階で、
家族か友人かよくわからないけれど、ともかく身近な親しい者、
その何人かと話をして、その中の何人かは塔に残り、
残り何人かと私は、こちらの黒い建物に移動をしてきたところでした。

突然のことでした。
呆気ないことでした。
私が見ていた赤い塔は音を立てずにただ視界を揺らがせるだけ、
振動を伝わすだけで、スクリーンを見ている中で起きていることであるかのように、
直角の傾きが60度ほどになったかと思えばみるみる45度になりもう、
あとはそのまま角度を失うこと数秒。
何が起きたか分かっているのに分からない。
ただひとつ、あの中には…。

私は衝動的に黒の長屋を飛び出して、崩れた塔に走りました。
入り口は傾きつつもなんとか残っていて、中に入ることができました。
ほの暗く、明かりは何もありませんでした。
瞬時に瓦礫の廃墟と化した冷たい一階に、
数秒前までそこにあったものが何かを伝えるものは
すぐには見当たりませんでした。

もうもうと増幅するようなけぶりもまだ収まらない混沌の中で。
無機的なものの中にひそやかに奇妙に配置された、有機体。
瓦礫の下から2本の足が無造作に伸びていました。赤黒い液体の上に。
それが何かは視覚の生じるその前の刹那のうちに、本能が感じ取っていました。
それは私の…親しい誰かであることに疑いの余地はありませんでした。
恐怖を感じました。自分の身が危険であるという防衛本能とは異種の、
それよりも悲しいような、恐怖ともつかない、空しさ。
顔が歪むのを感じ、潰れる思いでした。


次の晩の夢では、自分の飼っている猫が目の前の
夜の十字路で交通事故に遭いました。




夢の内容がどうであるから、何であるという夢占いのようなことには、
全く興味がないといったらうそかもしれませんが、
興味云々よりも、個人的に自分の夢に関してはあまり、気にはしません。

ただ、時に現実の五感を伴うようなリアリティに満ちた夢を見ることがあると、
それが目の覚めた経験ではなくとも、実体験であるかのような錯覚を
もつことはたまにあります。
(注: 目覚めた後に、夢と現実の区別はきちんと付いているので安全です。)
今回は、その類だったようです。



ただやはり…どうにも、そのような夢を見た後味はよくはなく…。
特にその次回、眠る前にちょっといやだなぁ…と思うこともありますが、


しかし。
また、映画の話に戻りますが、
思いがけず、おばあちゃんの台詞のなかに、それらのそぞろな気持ちに対して
穏やかにいられるための教訓が含まれておりました。
これは私にとって、予想外のうれしい収穫でした。

原作では文庫本 p.138~139頁にあたる箇所。
簡単な状況を述べてみると、
おばあちゃんは、自分の感情に捕らわれて怒りを抑えきれない状態のまいに、
〈上等な「魔女」になるためには、
自分の創り出した妄想に取りつかれてはいけない。〉
という内容のことを諭す場面です。


一見、先ほどの個人的な夢と、映画のその場面の内容との間には
つながりはないような気がするかもしれません。
私は魔女修行をしているわけでもないし、怒りを感じているわけでもない。
けれど、そのおばあちゃんの言葉を聴いて、はっ、とし、
どこか相当にほっ、としたたのは確かです。


魔女修行。
おばあちゃんがまいに伝えた、基礎トレーニングの内容は、

・早寝早起きをすること
・食事を3食しっかりとること
・よく運動すること
☆何でも自分で決めて最後までやりとげること


と、一見、ごくありふれた教訓のように見えるものであったように…。
(でもそれが…難しい。。。)

魔女修行は、魔女になるためだけに必要な限られたものではなく、
普遍的に大事なことを含んでいるように感じます。
(ぁぁ、耳が痛い…。…デジャ=ヴュ…?)


魔女修行の教訓は、私にとっても、そのまま自戒でありました。



***


いくら大雨が降ろうとも、ここを去るまでには晴れて、
雨の名残を残してはいけない。
それを遵守するために、終わり近くには晴れに戻すもくろみを
抱いておりましたが、それもはかなき企てに終えました。
ましてや、雷雨にならぬようにと息をこらえることに苦心することに
なろうとは、予想外のことでした。
それでも明順応が起きるころには、なんとか空を晴れに戻して、
そそくさと逃げるように館を退散し、しばらくは
本屋に身を潜めてから、駅のホームに向かいました。

本や映画を、読んだ後。観た後。というものは、
どうにもぐったりするようで。
いや…ぐっすり…なのか。
しかし何かしらの疲労感が不可抗力的にまとわる様子。
実は館に向かう時には、せっかく映画館に足を運ぶのだから、
もう一つ観たい映画を観て帰ろうかという思いもかすめていたのですが、
なかなかどうして。できませんでした。
やはり…消化する時間はある程度、必要なようです。


家近くまでのバスが出る駅に着いてからは、
最終バスまで、駅のフードコートで勉強して帰りました。
というのも、この日、そして今日は。
できれば家に居たくない日でありました。
家周辺が、賑やかになる時節なのです。

ゆえに、この期間に夏期講習をぶつけて、
その日は家に帰らぬようにしようという思いもあったのですが、
講習はとれなかったから仕方ない。
それもあって…わざわざ、家から出てきたのもあったのでした。


話が逸れますが。
ここ数年でなんとなく自分の年間のバイオリズムを自覚してきたような
気がします。それはどうも、うまい説明がつかないのですが。
論理的根拠よりも、経験則的に…それでも確かに、
どうにも感じざるを得ないものがあります。
(よくよく分析(?)でもすれば環境的な問題が発覚したりするのかもしれませんが、
よく分からないし、その必要性も差し迫って感じることもあまりないので、
よく分からないまま、そんなもんであるととらえています。)

それで、個人的に調子が乗らないときというのが、
黄金週間。7月24・25日周辺。秋半ば。
これが三大厄期間。(何を言っているのやら。笑)
でもそうなんです。自分でもよくわからない。なぜか。謎。謎過ぎる。
黄金週間に関していえば、丁度サツキナントカとかいうのが流行り出す頃合と
被りそうですが、それとはまた異質。
7月に関しては、夏ばて、という言葉がよぎりますが、それもまた異質。
自己暗示的な部分も加担しているのかもしれませんが、それだけでもない。
ひょっとしたらなんとなく年間通してで見ると調子が出ない時が、
人それぞれにあるのかもしれません。
これはあくまで個人的なことですが。
でもそんなことを言ってもおれんので。
多少気にかけることはあっても、なるべく気にしないようにします。
ただ、そんな感じで、ここを過ぎれば…!というのも
いくらか感じる部分も否めず…。もう少し…!
謎過ぎる。


***


帰宅してから、家に買いおいてあった縁日のそれこれを食べて。
寝ました。

でも。
眠れない。
どうも。
色々考えすぎる。
久々に。寝付けない夜でした。
室温が高いのかと思って冷房を心持強くするも、ちがう。
猫がいないからかと、猫をさがすも、いない!
なのであきらめて。
どうにも寝られない。

まぁ…そんな夜もあるさ。。

仕方なく…これは、映画の原作の本が気になっているのだと踏んで…
読んでいるうちに眠れるだろう…と、

実に…約7年振り…(?!)に、本を開いて、
(本自体は、本棚のすぐ手に届く場所に置いてあります。)
本編の後に収録されている、おまけ的な部分を読み。
続けて、あとがき、も読む。
しかし、眠れない。

急にどうしてもクッキーが食べたくなって(映画の影響か…(笑))、
台所に下りていったら、カントリーマアムが…。
それと冷やしておいた麦茶を冷蔵庫から取り出してきて、部屋に戻り。
…そのまま、本編を
読み終えてしまいました。
(薄い本なので、時間はさほどかからずに読み終わりますが。)

本当は映画を見る前に、もう一度原作を読み返しておく予定でしたが、
急遽、上映終了日の都合で、読まずに映画を見てきたので。

久々に読み返した原作が…より一層、新鮮に感じました。


ひと段落して。何か落ち着いて。
猫も帰ってきて。

気が付いたらいつの間にか、眠り。
朝になっていました。
少し、寝坊しました…。
(魔女修行おじゃんだ…。)


***


どこかまだ書き足りないけれど
大分色々書いたので…今日はこの辺で。
(長すぎる…。)



外では…わっしょいわっしょい…賑やかです。



とめどないものをお読みくださり、ありがとうございました。


















メリハリが足りません。
しっかり。







私も魔女修行、がんばろう。






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