白桜だより

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墓前に添える花や線香 



著:宮下規久朗『美術の誘惑』光文社新書

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数年前に三菱一号間美術館で観た、大好きなシャルダンの作品《木苺の籠》の帯に惹かれて購入。
私が美術館に赴く想いが、そのまま明文化されてありました。
深い悲しみの中で筆をとられた著者の想いは…計り知れないものがあります。
生涯手元に置きたい一冊が増えました。

美術への興味の有無に関わらず、おすすめです。オールカラー版。

個人的に好きな章が、

第1話 亡き子を描く
第8話 食の情景
第10話 巨大なスケール
第21話 日本の夜景画
第25話 白い蝶
エピローグ 美術の誘惑


以下、本文より一部引用。

▼「第13話 釜ヶ崎の表現意欲」より

「何かを表現しているかぎり、人は人であり続ける。生きるか死ぬかの瀬戸際になっても、表現することで自分を保つことのできる人が大勢いることが感じられ、美術という営みの根源にふれた想いがした」

▼「エピローグ」より

「美術作品も人と同じく一期一会で、出会う時期というものがあるにちがいない。私が病気の娘を案じている時に出会ったシャルダンも、娘を供養すべく東北に見に行った絵額も、娘の死後の絶望の中で見入った中国の山水画も、みな出会うべき時に出会ったのだと思っている。それらは、二度と同じ心境では見ることができないものだ。

私はどんな作品も美術館も、これで見納めだと思って見ている。後に思い出せないような作品はすべて忘れてもよいのだ。人でも作品でも、自分にとって本当に大事なものはつねに心に生起し続け、いつまでも生きているはずである。

美術はあらゆる宗教と同じく、絶望の底から人を救い上げるほどの力はなく、大きな悲嘆や苦悩の前ではまったく無力だ。しかし、墓前に備える花や線香くらいの機能は持っているのだろう。とくに必要ではないし、ほとんど頼りにはならないが、ときにありがたく、気分を鎮めてくれる。そして出会う時期によっては多少の意味を持ち、心の明暗に寄り添ってくれるのである」



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# |  | 2015/09/01 03:28 * edit *

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