白桜だより

届けたいこと、遺したいこと

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2012年3月復興支援③~陸前高田市米崎町の方のお話 


つづき

陸前高田市のボランティアセンターに到着したあと、
陸前高田市内の米崎町(よねさきちょう)という場所に移動して、
側溝のドロ出し、瓦礫除去の活動を行いました。

以下は、ボランティアセンターから活動場所の米崎町へバスで移動する間に、
現地の(米崎町で生まれ育った)ボランティアセンターの方が話してくださった内容です。




岩手県 陸前高田市 米崎町

●漁業<農業
 海沿いの町なので、漁業が中心だと思われがちであるが、米崎町は「農業」が盛ん。

→東京ドーム5,6コ分の水田がある。

→果樹園が多くあり、「りんご」の名産地。
 品種は「ふじ」が有名。
 関西に出荷すると、この「ふじりんご」15kgが十数万円で売れる。

 ※参考 国土地理院 地図閲覧サービスより
  http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=141.66361111158&latitude=39.012048518335
  (水田、果樹園の多さがよくわかります)

●陸前高田市は、とても平和な町であった。

→陸前高田市にはもともと警察がなかった。(警察が必要ないくらい平和だった。)

→警察ができた後も、警察官の仕事は
 地域のおじいちゃんやおばあちゃんの家に伺い、お茶を飲んで帰ることであった。

→こどもが果樹園のりんごを盗んでも、警察が出動することはない。
 なぜなら、地域全体でこどもを見守っていたため、
 どこの家のこどもがりんごを盗んだのかが、警察を介入するまでもなく、すぐわかってしまうから。

→地域の目が犯罪の抑止力であった。




陸前高田は農業が盛んで、とても平和な地域であるということを教えてくださいました。

米崎の紹介をしてくださったあとは、
これから行う活動内容についての注意事項です。




●今日、行うのは「側溝のドロ出し」「瓦礫除去」

→ドロの中には、海から流されてきたさまざまな物が混入している。

●津波の遺体がある可能性もある。

→津波の遺体にきれいな状態の遺体はない。

→多くは、上半身・下半身のみ、腕・足のみなどである。

→発見したらショックをうけるかもしれないが、
 震災以来ずっと、見つけられずにさまよい、埋もれていた方なのである。
 「おかえりなさい」という気持ちで迎え入れること。

→活動場所では、これまでにも既に3体の遺体が発見されている。
 (それだけ被害も大きかった。)

→遺体を発見したら、動かさずに報告すること。
 後で警察が確認を行う。




ご遺体の話になると、一瞬にして、バス内は張り詰めた空気に変わりました。
事実としての生々しさが、急な現実として迫ってくる感覚を覚えました。

「おかえりなさい」という気持ちで受け入れる

そこに、生きていた人がいる…
誰かの、家族として…

言いようのない、寂しさのようなものを…覚えずにはおれませんでした。

作業を行うにあたっての話しはまだ続きます。




●ボランティアを行う目的について

→はっきりと言うと、「作業」についての期待は、していない。

→今日これから行う、ドロ出し、瓦礫除去も、結局は重機を使って行う。

→人力での作業など、作業効率という観点からはほぼ無意味に近い。

→それでは、なぜ、これまで多くのボランティアを受け入れてきたのか?

→それは、現地の住民の方が、ボランティアが活動している姿を見ると安心できるから。

→ボランティアが誰も来ない状態では、住民の方は、見放された気持ちになってしまう。

→それでも、ボランティアが活動する姿を見ると、「ようやくこの地域にも支援がきたのか」
 と感じ、また、その姿から今後の具体的な行動を考えることができる。
 たとえば、わずかであっても瓦礫を除去して視覚的にきれいになった畑を見て、
 何か植えてみよう、などと考えることができる。

→したがって、ボランティアの真の目的は「作業」ではなく、「その姿を示す」ことにある。
 だからこそ、誠意をもって取り組んでほしい。





この話を聞いて、どこか、腑に落ちる気持ちがありました。

なぜなら、ボランティアセンターに着くまでにもすでに、
瓦礫にまみれた土地や、多くのクレーン車などの重機がひっきりなしに動いている光景を見てきて、
果たして、このようなわずかな人数で広大な土地のほんの一部を対象に、
それも、ほんのわずかな時間の中で活動することに、作業としての意味はあるのだろうか…?
と、感じていたからです。

確かに、仮に作業としての効果がなくとも、
活動を行った人の実体験が、その人自身になんらかの影響を与え、
活動を行った人が、瓦礫除去などの直接的な支援以外に、
地元に戻ってから別の形で、間接的な復興支援を行うことにつながるなどは
十分考えられると思ってはいました。

私自身も、今回この活動に参加したのは、
自分の生身で現地に行かなければ、メディアからは分からないことが必ずあるだろう
という考えがあったからでした。

しかし言うまでもなく、いくらそのように思っても、
現地のニーズに合わなければ、勝手に現地へ出向いても、かえって迷惑になってしまう可能性もある。

けれど今回、現地のニーズに見合う参加方法があったので、参加するに至りました。
それでも、わずかな作業を行うことには疑問がありました。

そのような中、現地の方から、真のボランティアの意味を拝聴して、
自分の中ですべての疑問が解消したわけではなくとも、
気持ちの中で、「そうか…」と、腑に落ちる部分がありました。




●ドロ出し、瓦礫除去作業中に、発見したら回収するもの
  ①写真
  ②通帳
  ③印鑑
  ④身分証明書
  ⑤現金

●おもちゃなどの思い出の品は、一箇所にまとめて、わかりやすく置いておく。
→仮に持ち主が死亡してしまっていた場合、家族のもとへ無闇に届けると、つらい記憶を思い出させてしまう。
→現地の方が取りに来れるように、置いておく。

●写真撮影は、現地の方に十分な配慮をもって行う。
→配慮のないポーズで撮影したり、心ない撮影は、「事故現場で血まみれの被害者の姿を撮る行為に等しい」。





実際に作業を行うと、
ドロの中から、本当に様々なものが出てきました…。
こども用の缶のペンケース、CDの欠片、割れた陶器の皿、写真…。

説明は最後になります。




●これから向かう場所でも、津波で2000名以上の方が亡くなっている。

●震災はまったく終わっていない。
→作業中に津波が来る可能性も十分にある。

●津波が来たら、とにかく、逃げる。
→人を助けようと思わないこと。
 家族も。友人も。
 助けようとしていたら、死ぬ。
 人を見捨てて、とにかく逃げること。

●危険性を自覚して、各自、覚悟を持って活動すること。

●活動後も、地元に戻ったら、活動内容を話すなどして、情報を共有し、多くの人に広めて欲しい。





と、現地のボランティアセンターの方の話は締めくくられました。

「人を助けようとするな」

という注意事項を聞いたとき、…違和感を感じずにいられなかったのは、
おそらく、バスの中の全員、…そのように話された方自身も含めて…
であったのではないかと、思えてしまいます。

それは、津波に直面していない我が身の甘い考えなのかもしれません…。
あまりにも厳しいと思えるその言葉も、
実際に…津波の厳しさに直面した、現地の方だからこそ、発せられた内容なのだと思います。

果たして…有事の際にその注意事項を守れるのか…
…人を見捨てる覚悟は…できませんでしたが…、

それほど、災害が厳しいものである、という現実は、
痛いほどに…伝わってきました。



引き続き、
次記事では活動場所、米崎町の写真を掲載いたします。


つづく


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