白桜だより

届けたいこと、遺したいこと

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

エスケープ 

オバアチャンノ タマシイ ダッシュツ ダイセイコウ
*映画公式HP: http://nishimajo.com/top.html


昨日の夕方。
観てきました。


*述懐後記*
話が流れ流れて、どうにもまとまりがなくなってしまいました。
この記事は…ひとまず何かを整理したくて、連ねたものに過ぎません。
お読みくださる際には、映画の感想というよりは…
どこまでも個人的な吐露に過ぎぬことを前提に、読んでいただければ幸いです。
(それを感想と呼ぶのなら、感想のうちに入るのかもしれませんが。。…いまいちよくわかりません。)


-- 続きを読む --
スポンサーサイト

碧海 

碧い

4、5年前辺りだったでしょうか。

何かの帰路に、とある丸善でふと手にして買ってきて。
以来、毎年夏になると必ず一度は聴くCDです。
---------------------------------------------------------
島唄・二胡島唄・二胡
(2002/07/22)
曹雪晶

商品詳細を見る
---------------------------------------------------------
このCDの10番のワダツミの木を、
たまらなく聴きたくなるのです。

一度かけるとリピートをかけて、
繰り返してBGMにして、聴きます。


ずっと。
ずっと。

ずっと…。

-- 続きを読む --

死者の人権 

死体は語る (文春文庫)死体は語る (文春文庫)
(2001/10)
上野 正彦

商品詳細を見る


先月購入してから、外に出る日の通学の合間に読んでいました。
1989年に単行本として刊行された、法医学の入門書的ベストセラーのようです。

一般的に、「医学」あるいは「医師」と聞いて抱くようなイメージは、
「生」に対するものがほとんどなのではないでしょうか。
生きるものへの医学。救うための医学。
そこに「死」の関与は免れないとしても、イメージ全体としてのベクトルは
「生」へ向けられていることが多いように感じます。
少なくとも私の中では、そういった一方向的なイメージが
少なからず(しかも無意識のうちに)できあがっていたように思われます。

けれど、それが全てでは、ない。
「死」に対する、いわば死者への医学も、また医学。
生と死が一体であると同時に、医学にも同一な両面がある。
どちらが欠けることもなく。
生の医学は死の医学でもあり、死の医学は生の医学でもある…。

今はまだ医学とは離れた場所にいるけれども、
(ただ、今の自分が、生きる者として、いつか死ぬる者として、
「学」の範囲を越えて、(あるいは生きることすなわち、
学ぶことなのかもしれませんが、)
それらの命題につねに関わっていることは確かでしょう。)
後に自分で医学を学ぶに当たった時こそ、両面どちらの方向からも学ぶ姿勢を
忘れないようにしたいと切に思うのです。
両者が切り離せないものであるからこそ…。
どちらからも学ぶ姿勢が必要であるように感じるのです。
(たとえ生のうちに死を学ぶことはできなくとも、学ぶ"姿勢"は持てるはずです。)

***

それともうひとつ。改めて思い直したのが…
死者は生者であったという紛れもない事実。
本書に一貫して書かれ、根底に流れている主流のひとつは、
その事実であるように感じます。
本の中で著者は何度も、「死者の人権」への言及を繰り返します。
そして「死者の人権」を守るためにこそ、監察医としての勤めを遂行する
のであるとも。

いつ頃からでしょうか…、人は死んだら者ではなく物になるのだと、
そう、思うことを疑わなくなっていました。
だから死体は、物。もはや、者ではない。
それは…「間違い」では、ないはずです。
死後にどうなるかといったことは、私には全くわかりませんし、
魂があるかないかも…明確なことは、私には何一つ分かりません。
と書くと、まるで現実主義者であるかのように聞こえるかもしれませんが、
現実主義であると、はっきり割り切ることもできないのです。なぜなら、
信じる、信じない。それ以前に、ただ、分からない…。からです。

けれど、確かなこと。死者は、生者であった。
いつのまにか、そのことを忘れてしまっていたような気がします。

人も死んだら物になる。
でも。人は死んでも、人であること。

著者のたゆまぬ誠実な姿勢と、
もはや生者、死者を越えて、どこまでも「人」に向けられたあたたかいまなざし。
その土台から紡がれるユーモアさえも含んだ文章は、決して重たくはなく、
されど軽くもならず、ゆるやかに読者に語りかけてくれるようです。

また、読みものとしての面白さも落とせないのが、
本書がベストセラーなる所以でしょう。
虚構のミステリを越えた現実のミステリとも言えるような、
意表をつかれる実話が満載です。
しかし、それら現実にあった出来事をお話として書き出しても、
ユーモアの底にはつねに、著者の揺るがぬ医志を感じるのです。

***

最後に、本書の中(p.121)に出てくる、
「心正しからざれば、剣また正しからず」
という、著者が好きであるという言葉。
これこそ、医師に限らず、自分自身を含めて誰しもが忘れてはならない
教訓であるように思われます。
現実に(まさに今この瞬間にも)生じている様々な事件…
この教訓を忘れずに刻んでおけたなら、
起こるはずのないことは沢山あるのではないでしょうか…。



「心正しからざれば、剣また正しからず」
自戒として忘れぬように・・・。

*追記*
この言葉は、「島田虎之助」という幕末の剣客が残した言葉であり、
世間に広まったのは、『大菩薩峠』(著:中里介山)という小説によるそうです。





そして、今は目前のすべきことを。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。